今だからこそ 『聴く』センス

 この3週間、被災地で津波で家を流された方、ご家族を亡くされた方にお会いする機会が何度かありました。
辛い体験をされているのに、どの方もご自分からその体験を話してきます。
それも細かく。

「こうすればよかった」
「まさかここまで・・・・」

話したいんだなぁ
共有したいんだなぁ

そしてきっと、その方が楽になる。

を感じました。

この時、相手の気持ちをわかってあげようになると、しっかり聴けなかったり、聴く側が疲れてしまったり・・・

おそらく震災の辛さはそれぞれに違っていて、わかってあげられるものでもないし、むしろそこは手放して、

『ただ聴く』が機能する。


今だからこそ、『聴く』センスが本当に必要。

『聴く』センスがある人が側にいたら、話したくなるし、楽に話せる。


以前の私は聴けなかった・・・
それがわかって、『聴く』がどれだけパワフルかを知ったからトレーニングをして、聴けるようになった。

『ただ聴く』人を増やす。
それが今の私がやれること。

| 震災とコーチング | 22:34 | comments(0) | trackbacks(0) |

『完了』

  平成10年に母が亡くなり、その後一人暮しを応援してきた父が平成21年6月に亡くなり、実家は空屋になりました。

一周忌が終わるまではこのままにしておこう。
一年たって、両親の荷物(父は母の物を何一つ捨てておりませんでした)や私、妹の荷物までが多少ある状態で、賃貸、または売却で募集をしてもらいましたが、なかなか決まらず。

「荷物を片づけないと決まらないかもね」このまま誰も住なまいままだと家も傷むから、業者に頼んで荷物を処分しようと組んでいた当初の予定が本日。

そして震災にあいました。

妹と「業者も動けないだろうし、これは賃貸か売却できる状態になるのは相当先かな」そんなことを言っていたら、市内沿岸で家が流された方が買いたいという話がきたので喜んでOKしました。

いらない物を処分してくれる業者もすぐに動いてくださり、もともとの予定であった本日、次に住む方が使わない物を処分するために持っていきました。

「やらないとね・・・」といいながら、妹と空いている週末の予定が合わないからなかなか進まないとか、暖房機が壊れて冬は寒いからとか、延ばし延ばしにしてきた実家の荷物の片づけが本日完了しました。

震災の前だったら、処分するつもりだった家財道具や食器などが有効に使われます。

本音を言うと、ダイニングテーブルは家族4人で使った思い出があるし、もっと言うなら、家自体も他の方が住むことに許可が出せていなかったことを、昨日の朝に実家に行く途中、車を停めて、妹の前で(おそらく初めてかも)泣いて本音をいいました。
この数日、まだきちんと契約していないのに、次に住む方が私たちのいないところで泥を掻き出す作業や掃除をしていることも、頭では「私たちは毎日いけないし、早く泥を掻き出さないと家がどんどん傷むこともわかっているのですが、嫌だったのです。
このことを妹に言えた時、今まで妹の前でも私は我慢してきたなぁ、頭でわかったふりして止めてきたなぁと気づきました。
このタイミングで私は妹に自分をさらけだす初めての体験をしたことになります。
妹に「聴く」センスがあったことに感謝です。

ここで自分をクリアにできたので、初めてお会いする次の所有者であるご夫婦が既に片づけをしていることに何のひっかかりもなく、いつもの自分で挨拶ができました。
こんなことはそうあることではないと思いますが、一緒に片づけをしました。

家を買ってくださる方は「この家を大切に使わせていただきます」と、私の気持ちをわかっているかのように言ってくださって。
その言葉で、やっと許可が出せた気がします。
すばらしい方が住んでくださる、素直に有り難いが湧きました。

震災がなかったら、次の所有者となる方と一緒に家を片づけたりしないでしょうし、こういった会話もなかったでしょう。

震災は本当に辛くて仕方がない現実ですが、実家があり家財道具が人を助けることになったこと、私自身も『完了』できたことを素直に喜びます。

そして

延ばし延ばしにしてきたことではありますが、人に貢献したかった父の意図、同様に人に貢献したい私の意図が叶いました。
| 震災とコーチング | 23:13 | comments(0) | trackbacks(0) |

比較しないでいい

震災後2週間。

自分を感じ、表現し、有を与える、受け取ってもらうことで、その時にあった、育った町の被害の大きさ、変わり様を受け入れられなかったことについては受け入れられるようになりました。

震災以来、パートナーシップ、人との繋がりに何より救われています。
『自分』を安心してそのまま表現できるコミュニティや、受け取ってもらえる仲間の存在にも本当に
感謝です。

震災から2週間が過ぎ、安否がわからなかった方の無事がわかり安堵する
一方で同じくらいの訃報も入ってきます。
母、夫、父と大切な家族を亡くしている私ですが、覚悟がないまま次々と入ってくる聞きたくない
知らせが本当に辛いです。

昨日、浸水し泥だらけの実家を片づけに行きました。
家を丸ごと流された方が住みたいということで、役にたてることに嬉しさがあります。

近所の方、数人とお話しをしたのですが、家は残ったが1階のすべてが泥にまみれて
家具や何かがどれも使いものにならず、泥を掻き出すことだけでも相当の体力と時間が 必要で、
疲れきっておりました。
皆さんが言う共通の言葉がありました。
「命があるだけでもよかったと思わなければ・・・」
「家が流された人と比べたら・・・・」
「だから頑張ろう」

家がない人が多くいる。
亡くなった人が多くいる。

だから助かって家が残っているのにツライ、キツイ、大変だ、そんな言葉を言っては罰があたるといった印象でした。
比較しなくていいのに。
ツライのはツライ。
皆さん高齢で、あの泥をなくして住めるようにするのは実際に大変です。
大変だって言っていいのに・・・
安否がわからなかった方ばかりなので、安堵し、この2週間の状況を聴くことで精一杯で、
本音を言ってもらい受け取ることまでできない私でした。

私も地震直後、同様に「命があるだけ有難い状況だから乗りきろう」と言っていました。

助かったこと、家があることは有難い。
そのことと、辛さは別。

次に行く時は、本音を吐き出してもらい少しでも楽になってもらえるといいな。







| 震災とコーチング | 23:50 | comments(0) | trackbacks(0) |

あえて弱音を吐く

 私の出身地である宮城県東松島市は津波の被害が甚大です。
先日、同級生のいる避難所を訪問しに行ってきました。
TVで受け入れがたい映像を見ていたので覚悟をしていたものの、
実際にこの目で見ると、衝撃が大きい。
育った町がすっかり変わってしまった現実。
嘘か夢だと思いたい自分がいます。

行った直後よりも時間がたつにつれて精神的にキツくなってきます。
受け入れなければいけないことも、乗り越えなければいけないことも
頭ではわかっている。

でも、気持ちは受けいれたくない。

今、この自分にある気持ちを蔑ろにせずに、大切に扱うことが必要だ
と感じています。

自分に今、確かに「ある」感情。

それに蓋をすることがどれだけ後々に影響することを知っているから。

「あることをある」とする

これがどれだけパワフルかを知っているから。

以前の私は、気を紛わせ強がって、「大丈夫!」と生きていた。
コーチングを知ってからはもうしない。

自分にあるネガティブな感情をしっかり味わいます。

これが、避難所にいる人、家がなくなった人、家族を失った人に
「ある」気持ちや感情を受け取る私になること、弱音を吐くことを
止めている人が吐き出すことにつながることを信じて。

 

| 震災とコーチング | 23:53 | comments(0) | trackbacks(0) |

12
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--
Profile
New entries
Archives
Categories
Recent comment
Mobile
qrcode
Links
Others
無料ブログ作成サービス JUGEM